18世紀、日本で江戸時代の太平が続いている頃、ヨーロッパでは時計職人達によって動く芸術品が創り出されます。それがオートマタの歴史の幕開けでした。

ゼンマイの発明 1400
ピエール・ジャケ・ドロー
(1721~1790)

スイス出身。息子、アンリ・ルイとともに精巧なオートマタを数多く製作した。
機械システムの殆どは彼によって考案された。1750年、シンギングバードのシステムを発表。
1775年パリに赴き、ルイ16世、マリー・アントワネットに絶賛される。
代表作に「ハープシコード奏者」「手紙を書く子供」などがある。

「滝のある鳥篭」ジャケ・ドロー

レオナルド・ダ・ヴィンチ円錐滑車を設計 1490
徳川幕府開幕 1603
ルイ14世即位 1643
元禄時代始まる 1688
バーカンソン「アヒル」を製作 1738
ロココ様式花開く 1768
ルイ16世、マリー・アントワネットと結婚 1770
ピエール・ジャケ・ドロー「筆写人形」を製作 1773
平賀源内、エレキテルを製作 1776
1780 ジャケ・ドロー「滝のある鳥篭」を製作
フランス革命勃発 1789
歌麿、写楽らの浮世絵全盛 1795
アントワーヌ・ファーブル、オルゴールを発明 1796
伊能忠敬、全国の測量を始める 1800

オートマタは時代のファッションや世相を映し出し、貴族達の自慢の逸品として19世紀のヨーロッパで全盛期を迎えます。

ナポレオン、フランス皇帝となる 1804

ギュスターブ・ヴィシー

(1839~1904)

時計屋の息子としてパリで生まれ、1865年、オートマタの製作をはじめる。1878年のパリ万博を始め、各地の万博で大成功を収め、作品はヨーロッパはもとよりアジア、アメリカに輸出された。広い視野を持ち、技術革新にも積極的で、商業用の電動オートマタの普及につとめる。代表作は「梯子乗り」「手紙を書くピエロ」「鳥の調教師」などである。

「ジャポネ」ギュスターブ・ヴィシー

スティーブンソン、蒸気機関車を発明 1814
パリにガス灯がともった 1817
異国船打払令を発布 1825
テルード、パリで人形製作を開始 1831
パリでコレラ大流行 1832
パリで「2月革命」勃発 1848
ロンドンで第1回万国博覧会開催 1851
ルイ・ナポレオン大統領、皇帝に 1852
ペリー、浦賀に来航 1853
パリで第2回万国博覧会開催 1855
ギュスターブ・ヴィシーがオートマタの製作を開始 1865
明治維新 1867
テルード、オートマタをパリ博へ出品 1867
パリにオペラ座が完成 1875
  1885 ギュスターブ・ヴィシー「ジャポネ」を製作
  1890 エルネスト・ドゥカン「魅惑のへび使い」を製作
「魅惑のへび使い」エルネスト・ドゥカン
ポンタン、オートマタをシカゴ博で展示 1893
アテネで近代オリンピック開催 1896
ヴィシー社のオートマタ、パリ博で受賞 1900
電動オートマタの製作始まる 1900
  1900 JAF:ジェイ・エイ・エフ
「ジェシカおばさんのティータイム」を製作
    「ジェシカおばさんのティータイム」JAF:ジェイ・エイ・エフ

時代は変わっても、この「動く芸術品」の輝きはあせることなく現代へと受け継がれていきます。

レントゲンの発明 1901

ミッシェル・ベルトラン
(1928~1999)

フランスで造園師の息子として生まれる。幼い頃からオートマタに興味を持ち、当時業界のリーダー的存在であったJAF社で修行。1968年、JAF社を引き継ぎゼンマイを使った伝統的オートマタ作りに専念する。また、古い作品の修復にも力を注ぎ大きな業績を残している。ベルトランは、伝統的オートマタ製作の最後の巨匠といえる。

アールヌーボー花盛り 1902
ライト兄弟、人類初の動力飛行 1903
キュビズムが起こる 1907
ドゥカン、仏英博に電動オートマタを出品 1908
第一次世界大戦終結 1918
JAF社、トリピュレ社を吸収 1923
パリでアールデコ展開催 1925
ドゥカン、ショールーム用の大型オートマタを製作 1925
リンドバーグ、大西洋横断飛行 1927
ミッシェル・ベルトラン生まれる 1928